予防医療の難しさと可能性―薬剤による予防的介入の実現に向けて
2025.07.04

Medical領域のリサーチ担当の水上と申します。このたび、日々業務で感じていることを、自由な視点(M’s EYE)でお届けしたいと思っております。
第2回は「予防医療の難しさと可能性―薬剤による予防的介入の実現に向けて」です。
近年、「予防医療」への注目が高まりつつあります。健康寿命の伸長やそれにともなうQOL(生活の質)の維持、医療費の抑制などといった観点から、疾病の早期発見・早期介入の重要性が認識され、国や製薬企業もその実現に向けて動き始めています。
もちろん、「予防医療」という言葉には、いろいろな見方がありますが、今回は健康な人(症状がない段階)への「薬剤による予防的介入」の視点で見ていきたいと思います。
薬剤による予防的介入の現状と課題
「薬剤による予防的介入」は当然ワクチンが思い浮かびますが、ワクチンにおいても、一部の例外を除いて、安全性・有効性がしっかりと確立され、また短期的に症状が現れる疾患が多いです。
一方、ワクチン以外の薬剤による予防的介入の実用化は、まだほんの限られた事例にとどまっています。これは、症状のない健康な人に薬を投与することへの心理的・倫理的抵抗、安全性や長期的影響への懸念、経済的負担など、超えるべき課題が多く存在するからです。
また、国の立場では、保険適用の難しさも問題点として挙げられます。さらに、製薬企業の立場では、開発や承認にかかるコスト・時間の長さ、難しさに加え、治療薬市場の縮小やイノベーションの機会損失につながる懸念といった面など、多くのハードルが存在し、積極的に踏み出しにくいのが現実といえるでしょう。
予防的介入がもたらす利点
しかしながら、「薬剤による予防的介入」には、大きな利点もあります。
個人にとっては、疾患の発症を防ぐことで長期的にQOLを保ち、医療・介護の負担軽減にもつながります。
また、国にとっては、疾患の発症・重症化した場合の高額治療薬の使用を抑制できるなど、医療財政の健全化に寄与します。
製薬企業にとっても、バイオマーカーや画像診断、リスク評価ツールと連携した新たな診断・予防モデルの構築は、これまでにないビジネスチャンスを生む可能性があります。
予防的介入に適した疾患とは
では、どのような疾患領域が予防的介入に適しているのでしょうか。
その一例がアルツハイマー型認知症です。近年では、アミロイドβを標的とした抗体医薬が登場し、無症状期段階での投与に向けた開発も進められています。発症リスクをバイオマーカーや画像で早期に把握し、症状の発症前に薬による介入を始めるというアプローチです。
QOLへの影響が大きく、一度発症すれば不可逆的な経過をたどり、かつ事前のリスク評価が可能——こうした健康寿命の延伸に関係の深い疾患こそ、予防医療の対象としてふさわしいのではないかと思います。
予防医療における課題と今後の展望
もっとも、個人が「自分は将来、本当に発症するのか?」「費用に見合うのか?」「安全性は大丈夫か?」といった不安を抱えるのは当然ですし、その実現は容易ではありません。
だからこそ、予防医療の開発においては、対象疾患とその機会選択(タイミング)が極めて重要となります。この選定がうまくいかないと、研究・開発の大きなロスや市場機会の損失につながります。
予防医療は製薬企業にとってリスクだけでなく、新たな医療モデルへの変化に対応するチャンスでもあります。治療から予防へのシフトがすこしずつ進む中で、疾患の深い理解、個人とのエンゲージメント、診断ツールの構築を前提とした開発戦略が求められています。
まとめ
今後、「薬剤による予防的介入」が有効かつ持続可能なモデルとして確立されれば、そのインパクトは非常に大きいといえます。予防医療の難しさを直視しつつも、価値ある介入の実現に向けて、今後の展開を期待していきたいと思います。
ありがとうございました。次回もぜひお読みいただけますと幸いです!
2018年の(2回目の)入社当時から現在まで、医療用医薬品領域において、患者・ドクター調査および受託調査を担当。特に自己免疫疾患や精神神経疾患の調査に、数多く携わっている。